一般財団法人 山本美香記念財団(Mika Yamamoto Memorial Foundation)

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2016年5月12日
第3回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」 決定

第3回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」が決定
ジャーナリスト・桜木武史氏による、シリア内戦を取材した著書、「シリア 戦場からの声」が受賞
~授賞式、および受賞者と選考委員によるシンポジウムを、2016年5月26日(木)、18時より日本記者クラブにて開催~

一般財団法人山本美香記念財団は、2016年5月4日の選考委員会において、第3回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」を表題の受賞者に贈呈することに決定しました。

第3回の受賞者および対象作品 桜木武史氏(37)/フリーランス・ジャーナリスト
シリア内戦を取材した著書、「シリア 戦場からの声」とその活動
■ 正賞:記念楯
■ 副賞:賞金50万円
■ 選考委員:川上泰徳(ジャーナリスト、元朝日新聞中東アフリカ総局長)、最相葉月(ノンフィクション・ライター)、関野吉晴(探検家、武蔵野美術大学教授)、野中章弘(アジアプレス・インターナショナル代表)、吉田敏浩(ジャーナリスト)
選考委員総評

この作品は、複雑きわまりないシリアの国情と市民放棄の背景を、何も知らない読者と同じ目の高さで描き出すことに成功している。桜木氏の一貫した取材姿勢と意志力を高く評価したい。

「この内戦で犠牲となっているのは誰なのか」。彼の視線は常に人びとに向けられている。戦火の中、必死で生きる人たちの生きた証を記録してきた桜木氏の生き方に強い共感を抱く。時に迷い、逡巡しながらも、現場へ足を運び、人びとの声なき声に耳を傾ける姿は、山本美香を思い起こさせる。

授賞式 日時:2016年5月26日
場所:日本記者クラブ
最終候補作 ■ 津村一史
  「中東特派員はシリアで何を見たか ─美しい国の人々と『イスラム国』」
■ 鈴木雄介
  「City of Chaos」ほか一連の作品
■ 小野田明
  「ある町 」

<山本美香記念国際ジャーナリスト賞を受賞して> 桜木武史

 シリアへの入国はシリア情勢の悪化により年々厳しくなっています。それでも何とかシリアへの入国ルートを模索していましたが、2015年4月の取材を最後に、シリアでの取材を断念することにしました。そして5度に渡るシリアでの取材をまとめた一冊の本を書き上げました。それが「シリア 戦場からの声 内戦2012-2015」になります。

 山本美香記念賞受賞の知らせを受けたとき、まさか僕の本が受賞するとは予想もしていませんでした。出版に際しても売り込みには苦労をしました。首を縦に振ってくれる編集者がなかなか見当たらず、6社目にしてようやく出版にこぎつけました。また僕自身、ジャーナリストとしての知名度が世間一般にあるわけでもありません。

 それでもどこかで、もしかしたらという期待もありました。なぜなら、シリアでの取材は僕にとって中身の濃いものであり、読者にも共感してもらえるのではないかと思ったからです。山本美香さんが殉職したように内戦下のシリアでは誰もが分け隔てなく命を落とします。子供や女性、医師やジャーナリスト、年齢、性別、職業に関係なく、ある日突然、一発の銃弾や空から降ってくる爆弾によって命を奪われます。

 これまで取材で顔を合わせてきた人々の幾人かは既に亡くなっています。親友だったファラズダックは取材中に殉教しました。数時間前まで元気だった彼の遺体が運ばれてきたとき、僕は声を震わせて泣きました。死が身近に存在していることを実感しました。

 山本美香さんとは残念ながら面識はありませんが、2003年のアメリカのイラク空爆の際にはテレビに映る彼女の姿をしばしば拝見していました。彼女に限らず多くのフリーのジャーナリスト、カメラマンの方々が危険な地域で取材を行っています。今後、シリアでの取材はますます困難になるものと思われますが、山本美香さんが伝えたかったシリアの現状を今後も継続的に追い続けられればと願っています。

<選考を終えて> 川上泰徳

 20代、30代の作品が選考に上がった。その中で、シリア内戦を扱った桜木武史氏の「シリア 戦場からの声」を推した。2012年春のダマスカス郊外での反政府デモの取材から14年のシリア北部の反体制支配地域のアレッポでの反体制武装勢力の従軍、さらに15年春の「イスラム国」(IS)が撤退した後のクルドの町コバニへの潜入取材まで、紛争の地に身を置き、自分の足で歩き、人々の生の声を聞いた記録である。ジャーナリストは何のために危険な紛争地に向かうのか、という昨今の問いに対する一つの答えがあり、事実に迫ろうとするジャーナリストのひたむきさを実感できる仕事である。

 政府軍と戦う戦士と行動を共にしながらも、戦争の悲惨さ、不毛さに目を向け、さらにアサド政権を支持する人々の声にも耳を傾けようとする柔軟な視点に好感を持った。観光ビザでダマスカスに入り、秘密警察が目を光らせる反政府デモを取材する場面は強いインパクトがあるが、成り行き任せの危うさも感じた。しかし、日本でトラック運転手として取材費を稼ぎながら、シリア内戦の厳しい現場を踏むという経験を重ねるなかで、一人のジャーナリストとして問題意識が深まっていく様が見えてくる。複雑なシリア内戦を扱いながら、一つの作品として成立していることを評価した。

 他に候補作として挙がった津村一史氏「中東特派員はシリアで何を見たか」、鈴木雄介氏のシリア内戦やシリア難民を扱った写真や映像、小野田明氏による原発事故で戻ることができない福島県双葉町の人々の故郷への思いを記録したドキュメンタリーは、いずれも貴重な記録を扱っている。しかし、対象とテーマをどこまで自分の問題意識として深めているかという点でそれぞれに課題を感じた。今後の発展を期待したい。

<選考を終えて> 最相葉月

 候補作のうち3作の題材がシリアだった。私たちの目の代わりとなって危険な現場に立つジャーナリストに感謝したい。

 『シリア 戦場からの声』は刻々と変化するシリアの今をもっとも身近に感じさせてくれる作品だった。世の関心がシリアに向いていない頃からダマスカスやドゥーマに入り、昨日まで普通の市民だった反体制派の兵士や家族の声に耳を傾け、複雑きわまりない国情と市民蜂起の背景を何も知らない読者と同じ目の高さで描き出すのに成功している。

 砲撃の下で何が起きているかは個々の声を聞かなければわからない。声を聞いても真偽は判断できない。そんな混沌の中に身を置くうちに、著者は一人ひとりの生きた証を目に焼き付けたいと願うようになる。本書は見知らぬ車にふと乗ってしまうような危うさをもつ無防備なジャーナリストの内面の変化の記録でもあり、読みものとしても非常におもしろかった。従軍取材で友人となった兵士の「(おまえが死んだら)俺が責任をもって埋葬してやる」という言葉が胸に刺さる。こんな会話がなされるのが戦場なのだ。

 『中東特派員はシリアで何を見たか』の著者は日本人人質事件の交渉の裏側について、トルコ外相の肉声をスクープした人。通信社のネットワークを生かしてIS台頭後のシリア情勢に迫っている。残念なのは配信記事や他の記者の取材内容が混在して読みづらかったこと。しなやかな感性をもっているので、記事化できなかったエピソードを加えながら著者自身の言葉で書いてほしかった。組織ジャーナリストの限界にも挑戦してほしい。

 「City of Chaos」他は、破壊や死や悲嘆を伝えるのに美も大きな力をもつことを気づかせてくれる。力のある写真家なので、戦場か難民かどちらかに焦点を絞り、対象に深く切り込んでほしかった。

「A TOWN ある町」は町の再生のため制作されねばならなかった作品だと思う。ただジャーナリズムであるためには見たくないものも見る必要がある。福島からまたチャレンジしてほしい。

<2016年山本美香賞講評> 関野吉晴

 桜田武史の取材法は徹底している。自分の足で歩き、観て、聞いて、感じたものを書く。虫のように這いずり回り、内部の目線で書く。反政府側に感情移入し過ぎるのではないかと気になるが、政府側からも取材している。また反政府側の不条理な面、行動も容赦なく書いている。 「シリア、戦場からの声」は反政府勢力や一般市民の声を一つ一つ綴った記録でもあるが、登場人物との友情物語でもある。さらに桜田武の青春記でもある。一度はジャーナリストとして生きていくことをあきらめる。そして最初は見ていて危なっかしいが場を踏むことによって成長していく。文章も生き生きしていて、読む者を飽きさせない。山本美香も若い頃はこんなだったのだろうなと思わせる。

 津村一史の「中東特派員はシリアで何を見たか」は中東を俯瞰して、大掴みに見ながら現場に入り込んでいて安心して読める。しかし、同僚の配信記事などが混じり、新聞記事を解説するような形になっていて、臨場感に欠ける。

 鈴木雄介の写真作品は作品としてはフォトジェニックでいいが、昨年受賞者のリカルドと比べると、対象への肉薄度が足りない。

 小野田明の福島の映画はインタビューが長く、一人一人の現場での生活が見えない。また双葉町なら当然出てきていい原発への言及がなく物足りなかった。

<選評> 野中章弘

 カシミール紛争から始まり、シリア内戦まで、桜木氏の一貫した取材姿勢と意志力を高く評価したい。 「彼ら(シリアの人たち)の生きた証を見届けるために現場に赴いている」(「シリア戦場からの声」)。戦火の中、必死で生きる人たちの肉声を記録してきた桜木氏の生き方に強い共感を抱いた。地べたを這いまわるような取材姿勢もいい。「この内戦で犠牲となっているのは誰なのか」。彼の視線は常に人びとに向けられている。時に迷い、逡巡しながらも、現場へ足を運び、人びとの声なき声に耳を傾ける姿は、山本美香を思い起こさせる。

 津村氏の著作「中東特派員はシリアで何を見たのか」も、シリア内戦を3年にわたり、取材した記者の記録である。現場の臨場感あふれる筆致である。ただ、残念ながら、著作はニュース記事を集めたような構成になっている。現状を表面的になぞっているようで、新しい発見は少ない。私たちが求めているのはたんなる情報ではない。中東に滞在した記者だからこそ書けるイスラム観、世界観を自分の言葉で語ってほしかった。「地」の力のある記者なので、これからの仕事に期待したい。

 鈴木氏もいいフォトグラファーなのだが、昨年度の受賞者、リカルド氏の作品と比べると厚みとメッセージ性に欠ける。もう少し時間をかけて取り組めば、優れた仕事を残せる可能性を感じる。

 その意味では小野田氏も同じである。原発事故で故郷を追われた双葉町の人たちの望郷の思いはよく伝わってくる。ただ、原発立地の経緯や双葉町の歴史など、もっと織り込むべき要素はあったのではないか。小野田氏は現地のテレビ局で働き始めている。息の長い被災地、被災者の記録を期待したい。それだけの資質を持つ人だと思う。

<選評> 吉田敏浩

 シリアで続く内戦については、マスメディアの情報を通して接してきた。しかし、私の認識不足もあると思うが、戦渦のただなかで生きざるをえない人びとの姿が、なかなかイメージを結ばなかった。

 だが、『シリア戦場からの声』を読んでいくうちに、1ページ、1ページの行間や文字のかげから、立ち上がり・叫び・駆け抜け・倒れ臥し・うずくまり・呻き・喘ぎ・立ち尽くし・膝をかかえ・呟く、幾人もの男たち女たちの影が現れては消えてゆき、そして崩れ落ちた家々の瓦礫の砕片がこぼれ落ち、とめどない血痕までもがにじみ出してくるかのような気がした。総身で受けとめた戦場と人びとの生死の実相をともかく伝えたい。著者のその切迫した思いが結晶した作品として高く評価したい。アサド政権と戦う側への一体感が強すぎる表現も見られるが、ダマスカスで会った政権支持者の声もすくい上げており、冷静な視点も失っていない。

 『中東特派員はシリアで何を見たか』は、中東取材の最前線からのリアルタイムの貴重な報告ではあるが、他の特派員たちの記事と混合した構成がわかりづらく、著者独自の掘り下げを妨げているのが惜しまれる。

 鈴木氏のシリアに関する写真の連作は、斬新な映像表現の片鱗は感じさせるが、テーマの焦点が絞りきれていないようだ。玩具同然のライフジャケットで命懸けの渡海をするシリア難民の子どもたち。その思いつめた眼差しには胸を衝かれる。できればシリア現地からドイツなどを目指す難民を一貫して記録してみてはどうだったろうか。

 「ある町 A Town 」は、同じ町で生まれ育った人間どうしだからこそ吐露できる言葉や共鳴できる表情を丹念に集めた、貴重な記録映画だ。ただ、双葉町民を故郷に帰れなくさせている原発の問題をどう捉えているのかが見えなかった。あえて直接的に触れないのであるなら、何らかのもう一段掘り下げたメッセージがこめられている必要があったのではないだろうか。