一般財団法人 山本美香記念財団(Mika Yamamoto Memorial Foundation)

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山本美香 執筆記事

五輪の熱戦の陰で シリアにも目を

残暑お見舞い申し上げます。連日のオリンピック観戦で、睡眠不足ではありませんか? サッカーは男女ともに決勝トーナメント進出の快挙。体操の内村航平選手は個人総合で「金」に輝き、競泳では次々とメダルを取った。選手たちの喜びや悔し涙のドラマが日本にたくさん届いている。

今回の第30回夏季ロンドン五輪には204の国と地域が参加。開会式の入場行進はオリンピック発祥の地で、現在、財政難で苦しむギリシャからスタートした。続いてアルファベット順にアフガニスタン、アルバニア、アルジェリアと続いた。偶然だが、この三つの国は、紛争や騒乱の取材で訪れたことのある国だ。 アフガニスタンは前回の北京五輪で初のメダルを獲得した。現地では、足腰の強さを生かした格闘技が大人気で、首都カブールには有名選手たちのポスターがあちこちにはられている。男子テコンドーで銅メダルをとった選手は、戦争ばかりの国に希望をもたらした英雄で、子供たちのあこがれの的でもある。

ところでイスラム国出身の女子選手がスカーフをかぶり、肌を覆うユニホームで出場しているのを見たことがあるだろう。柔道女子のサウジアラビア代表選手は、ヘジャブと呼ばれるスカーフの着用を禁止されたため、出場が危ぶまれていたが、特例として着用を許可された。イスラム社会では、個人よりも家族や一族の意見が重要視されることが多い。夫や父がスポーツなどするなと言えば、妻や娘は従わざるを得ない。イスラム保守派の批判をかわすために、自らの意志でスカーフを着用する選手もいる。 しかし、それが国際試合のルールにそぐわなければ、出場をあきらめなければならない。自国の文化と世界基準との板挟みになりながら、出場のチャンスをつかんだ女性たちにエールを送りたい。

さて、ロンドンで熱戦が繰り広げられるなか、中東のシリアでは大変な事態が進行している。「アラブの春」の最終段階ともいわれるシリア危機はもはや“危機”をけるかに超えて“内戦”となった。首都ダマスカス、第2の商業都市アレッポが、政府軍と自由シリア軍(反体制派)との戦いでめちゃくちゃに破壊されているのだ。アサド大統領も「内戦である」と認めたものの、和平交渉を退け、武力鎮圧に舵を切った。国連の停戦監視団の活動も暗礁に乗り上げている。 7月、国境の一部が反体制派の手に落ち、大量の難民が周辺国に押し寄せた。この数ヶ月間に登録された難民放は11万人以上に膨れ上がっている。シリアは化学兵器の保有国だ。もし、化学兵器が使われたら? もし、国外に流出したら? 懸念は深まるばかりだ。

シリアもオリンピックに出場している。国旗とともに入場した選手たちは、笑顔を見せていたが、心穏やかではないだろう。素晴らしい成績を残しても、国や国民に祝福するゆとりはない。五輪組織委員会の会長は「世界の人々を協調、友情、平和のきずなで結ぶオリンピック」とあいさつした。華やかな祭典の陰で、日々、無辜の人々が逃げ惑い、命を奪われ続けるもうひとつの現実にも目を向けたい。

2012年8月11日
18~13ページ、「世界の中の山梨」(朝日新聞山梨版)より