一般財団法人 山本美香記念財団(Mika Yamamoto Memorial Foundation)

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2021年5月26日
第8回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」受賞・小川真利枝さん 
受賞の言葉

 この度は、山本美香記念国際ジャーナリスト賞をいただき、光栄に思うと同時に、賞の名に恥じないようにと背筋が伸びる思いです。

 『パンと牢獄』は、2009年インドでチベット難民女性ラモ・ツォと出会ったところから始まります。彼女は、チベット亡命政府のあるダラムサラで、道ばたでパンを売っていました。彼女の夫ドゥンドゥップは、2008年あるドキュメンタリー映画をつくり逮捕されていました。ラモ・ツォは“政治犯の妻”だったのです。そう聞くと、いっけん可哀想な、悲壮感ただようイメージが湧きますが、ラモ・ツォはそのイメージをひょいと飛び越え、縦横無尽に世界を渡り歩き、新しい道を自らで切り拓いていきます。その逞しい姿ににとり憑かれ、彼女たち家族を10年にわたり追いかけました。そして、奇跡的に中国からの脱出に成功させたドゥンドゥップと、ラモ・ツォら家族の再会に立ち会えたのです。この本は、その軌跡を書いたものです。

 「ダラムサラの“パン”の人たちのために、ありがとう」。この受賞を報告したとき、あるチベット出身の友人からかけてもらった言葉です。本のタイトルにある“パン”。これは、主人公ラモ・ツォが「パン売り」だったからという理由だけでなく、“市井のひと”の象徴としています。抗いようもなく難民となった人びとを、生活者の目線で描きたかったからです。“パン”の人びとが、どんな思いで日常を生きているか、ということです。

 山本美香さんが取材されてきた映像で、わたしの脳裏に焼きついているのは、内戦下でも、女性が台所に立ち料理をつくる姿や、身を隠しながら勉学に励んでいる姿です。女性や子ども、生活者がその地で逞しく生きる姿が映し出され、戦場がわたしたちの日常と地続きであることを教えてくれました。山本美香さんのあたたかい眼差しを、少しでも後世に受け継いでいけたら、と強く思います。

 ただ、チベットも“パン”だけでは語れない悲劇の歴史があります。それが、もうひとつのタイトル“牢獄”に象徴される政治犯ドゥンドゥップの物語です。彼は、2008年の北京オリンピックが開催される直前、“平和の祭典”であるはずの五輪が北京で開催されることについて、チベットの人びとがどのように思っているのか、ドキュメンタリー映画をつくり逮捕されました。彼はチベットの人びとが希求する自由を命がけで訴えました。

 奇しくも、このコロナ禍に東京でオリンピックが開催されることについて、同じように“平和”であるはずの祭典の開催の是否が問われています。さまざまな思惑のなか、市井のひとが翻弄されている……かつてのチベットの人びとの思いと重なるところがあります。そして2022年、ふたたび北京オリンピックが開催される予定です。かつてといま、何かが変わったのでしょうか……。これからも、生活者の目線でできることを続けていきたいと思います。

小川真利枝

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