2025年5月15日
第12回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」受賞・村山祐介さん
受賞の言葉

不正義や不条理を自分の目と耳でとらえ、発信する。そんなジャーナリスト精神を体現した山本美香さんの名を冠した賞を頂くのは大きな励みになります。それと同時に、今さらながら現場で会えなかった無念がこみ上げてきます。2012年に山本さんが亡くなった前後に私もシリアにおり、いつかどこかでお目にかかれるのではないかと思っていました。
凄惨な内戦が終わったシリアを今年、再訪しました。瓦礫だらけの街に暮らす人々からは、解放の喜びや新たな国づくりへの期待と不安、そして報復への恐怖まで、様々な言葉と感情がほとばしるようにあふれ出てきて、秘密警察を恐れて口をつぐんでいた内戦中とは別の国のようでした。きっと山本さんも自分の目と耳で取材したかっただろうな、と思うと悔しくてなりません。
山本さんが問い続けた世界の不正義はいま、歯止めがきかなくなっています。なぜミサイルが撃ち込まれるのか、何のために殺されるのか。理由もわからないまま多くの人々が故郷を追われ、今この瞬間も命が失われ続けています。歯止めなき時代への大きな転換点が、ロシア軍によるウクライナ侵攻でした。この本は、新聞社を辞めてフリージャーナリストになってオランダに移り住んだ私が、侵攻前後の欧州大陸とその周縁で、不条理を背負わされ、命がけで旅する人たちの足跡を3万キロ行き来しながらたどった約1000日の記録です。
ウクライナ・ブチャの雑木林に転がる遺体、地中海で溺れ死んだ密航者たちの名もなき墓。人々が逃れたルートとその源流は死があふれていました。踏みつぶされたように崩れた集合住宅の前で「何のために?」と私に迫ったおばあさん。突然、あるいは何世代にもわたる不条理を背負わされた人々の胸には、どこにも届かなかった声がしまい込まれていました。
権力や富、発信力を持つ者の大きな声はメディアを介して広く遠くまで届き、ネット上には虚偽と誇張が入り混じり、煽情的な言葉があふれています。情報の洪水の中で、フリーになった自分が伝えるべきことは何か。たどりついたのが、かき消された叫びやしまい込んだ気持ちといった小さな声でした。受賞の報を聞いて、山本さんが伝えようとしたことと重なり合うことに気づき、改めて勇気づけられました。現場に行かないと聞こえない、小さな声を伝えるジャーナリズムの力を信じていきます。