一般財団法人 山本美香記念財団(Mika Yamamoto Memorial Foundation)

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2022年5月17日
第9回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」 決定

一般財団法人山本美香記念財団は、2022年5月5日に行われた第9回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」の選考会の結果、下記の受賞者に贈呈することといたしました。

ジャーナリストの横田増生氏(57)による著
『「トランプ信者」潜入一年
私の目の前で民主主義が死んだ』

(小学館)

本年度受賞者および対象作品

第9回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」
ジャーナリストの横田増生氏(57)による著書、
『「トランプ信者」潜入一年 私の目の前で民主主義が死んだ』(小学館)

最終候補作品

北川成史氏『ミャンマー政変』
デコート豊崎アリサ氏『トゥアレグ』

選考委員
岡村隆(編集者、探検家)、笠井千晶(ドキュメンタリー監督、ジャーナリスト)、河合香織(ノンフィクション作家)、髙山文彦(作家)、吉田敏浩(ジャーナリスト)

選考委員選評

『「トランプ信者」潜入一年』は、内戦下にでもあるような全米各地を、身の危険を顧みず単身駆けめぐり、連邦議会議事堂突入にいたるトランプ狂騒曲を入念に描き出し、自由と民主主義の自壊現象を綿密な取材で浮き彫りにしている。 数多くの庶民層へのインタビューには、出身地や年齢、写真が添えられ、ひとつひとつのコメントにファクトチェックが加えられている。権力者の言動(それが根拠のない嘘八百であろうとも)が、いかに人びとの情動に火をつけ、利己心を正義として大声で語りだすのか。信仰のような陰謀論がいかに浸透し、過激な排他性に快楽を求めていくのか。理念追求の重さに耐えかねて、ついに野放図に暴れまくる人間の叫び声が聞こえてくる。

授賞式 日時:2022年5月26日(木) 18時より
場所:日本記者クラブ

※入場は報道および関係者のみ。取材希望のメディアは当日、会場にて受付けを行います。

<選評> 岡村 隆

 今回の候補作3冊は、いずれもそれぞれのテーマに肉薄し、分かりやすく書かれていて、対象の問題を理解するのには役立つ本だった。しかし、読者として感じる疑問点や不満な点もそれぞれにあり、選考委員によって評価が分かれるところとなった。
 まず、北川成史氏の『ミャンマー政変』は、ミャンマーの近代史や民族問題、政治状況などの概要がよく整理され、そこに織り込まれた著者の実地体験も含めて、入門書、教養書としての「新書」の役割を果たしていることへの評価は高かった。しかし、全体としては紛争地の状況や人々のなかに生身を晒しての「現場ジャーナリストの取材記録」ではないことから、賞の対象からはやや外れるのではないかという結論になった。
 次に、デコート豊崎アリサ氏の『トゥアレグ』は、優れた旅人の紀行文であり、塩キャラバンという消えゆく文化や、砂漠に生きる人々に思いを馳せる著者自身の心の世界と、取材する現実の世界が呼応し合って、長い年月の変化とともによく描かれている作品だと思った。半面、そこから国境や移民、ウラン採掘による放射能汚染など社会問題へと関心が広がった後の「ジャーナリスト」としての取材姿勢や成果に弱い印象があるのも事実で、私としては氏の今後への期待を含めて今回の授賞は見送ることに同意した。
 授賞が決まった横田増生氏の『「トランプ信者」潜入一年』については、米国大統領選挙と現在の政治風土の現場感がよくわかる膨大な取材記録ではあるものの、全体に「やはりそうなのか」という既視感が付きまとうことに議論が集中した。また、取材が「トランプ信者」の間を横にだけ動いて聞き書きを積み重ねる形をとり、彼らの生活実態や精神世界に、個別に具体的に入り込んでいくという縦軸の深みに欠ける点も気になった。しかし、歴史的に異様だった2020年の米国大統領選の実態を、現場の有権者の声をできるだけ広く集めて記録しようとしたことは、ジャーナリストの仕事のひとつのありようとして高く評価されるべきで、トランプ再選もあり得る今後の世界を考える上でも貴重な歴史資料となり得ることから、私も賛成して授賞作とすることに決した。
 今回は、それぞれに長所を持つ3作品を巡って「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」の対象範囲という観点からの議論が多くなり、個人的にも改めて賞の意義を深く考える契機となった。その点を3人の著者各位には等しく感謝したい。

<選評> 笠井千晶

「トランプ信者」潜入一年 私の目の前で民主主義が死んだ(横田増生氏)
アメリカ大統領選を追って現地取材を続けたことにより、選挙期間特有の”空気感”をよく伝えていると思った。ただ、「潜入」とうたい市民の声に根気強く耳を傾けてはいるが、いま一つ取材の深みに欠けていると感じた。「トランプをなぜ支持するのか?」といった点も、すでに知られていることが多く目新しさに欠けていた。また新政権となり既に1年以上が過ぎたいま、タイムリー性は薄いと言わざるを得ないが、一方で長い目で見た場合、アメリカ社会のある一時期の世相を丹念に描き、記録しているという点で歴史上の資料的価値があると思い評価した。

トゥアレグ 自由への帰路(デコート豊崎アリサ氏)
砂漠に生きる遊牧民に魅せられ旅をする中で、その言葉や風習を身を持って学び、伝統的な暮らしに溶け込んでいった行動力と勇気は、冒険家として素晴らしい資質を持った人だと思った。その意味で、ジャーナリストとしても可能性を秘めていると感じた。本書については、紀行文としては非常に魅力溢れる一冊だが、ジャーナリストの仕事として評価するには、あまりに主観的な表現が多く、客観的データの提示や社会背景に関する分析が不十分だと感じた。好奇心を満たすことや、遊牧民の伝統的な生活を守りたいといった想いは強く感じるものの、ジャーナリストとしての問題提起や、真実を伝えたいといった意識がまだ薄いように感じた。今後に期待したい。

ミャンマー政変 ——クーデターの深層を探る(北川成史氏)
昨年起こったミャンマーのクーデターに端を発し、国軍とスーチー氏の関係性や歴史的背景、ミャンマーという国の成り立ちや国を構成する多民族の状況など、俯瞰的に非常にわかりやすく伝えていた。報道の自由が危機に晒されている点を描いた第4章は、実際に国軍によって拘束され脅迫を受けた記者たち本人を取材し問題提起されており、都合の悪い真実を隠す権力に立ち向かうジャーナリスト達を後押しすると感じた。また山本美香さんのような精神を受け継ぐ記者たちへのリスペクトも感じた。ただ本書については、歴史的現場、その瞬間に立ち会い、目撃しようとの迫力や気概に欠けていた感は否めない。そのため残念ながら本賞の対象からは外れると思った。とはいえ、今後もぜひ良心的な報道活動を期待したい。

<選評> 河合香織

 最終候補となった3作品の性質が大きく異なるため、賞の理念に振り返っての選考が行われた。そこで確認されたのは、本賞は「山本美香国際ジャーナリスト賞」であり、ジャーナリズムではなく、ジャーナリスト個人に贈られる賞だということだった。
 ジャーナリストに必要な資質とは、目に見える現象を伝えるだけではなく、独自の視点からその背後にある根底的な問題を深く探っていくことであろう。そのようなジャーナリストの独自の視点は天から降ってくるものでも、心の中から湧き上がるものでもない。視点を授けてくれるのは、徹底的に対象と向き合い、ひとつひとつの声を丁寧に積み上げていく愚直な取材ではないだろうか。
 その点では、誠実な取材でミャンマー国軍の独善性の背景を描いた『ミャンマー政変』、サハラ砂漠の遊牧民トゥアレグの塩キャラバンから様々な社会問題を浮き彫りにした『トゥアレグ』両作ともジャーナリストとしてのすばらしい仕事だと感じた。力作揃いではあったが、特に『「トランプ信者」潜入一年』が受賞にふさわしいと考え、選考会でも意見が一致した。本を読みながらそこまでやるのかと幾度も思うほどの地を這うような取材を行い、しかしその言葉を鵜呑みにすることなく膨大なファクトチェックを行い、繁茂するほどの事実からこの社会に存在する真実を浮かび上がらせる手並みは鮮やかで、まさに優れたジャーナリストの仕事だと感じた。

<選評> 髙山文彦

人間を描くということ
 今年は山本美香没後10年。生きていれば55歳。いまこの世界の終末的状況をどう見るだろうか。書き残したメモに「外国人ジャーナリストがいることで最悪の事態を防ぐことができる・抑止力」とあるが、そうした正義感と美しい精神は、ごみのようにロシア軍の火力に焼き払われている。ウクライナでは多くのジャーナリストが狙い撃ちされ、死をもって沈黙を強いられているのだ。すなわち「最悪の事態」とは、ひとりのジャーナリストもそこに存在しない状態のことを指している。

 コロナ禍は、ジャーナリストの現場主義に著しい弊害をもたらした。渡航規制のなかで実りある候補作に恵まれるかどうか心配していたが、今年も素晴らしい作品に出合うことができた。
 横田増生さんの『「トランプ信者」潜入一年』は、タイトルに惑わされてはいけない。内戦下にでもあるような全米各地を、身の危険を顧みず単身駆けめぐり、連邦議会議事堂突入にいたるトランプ狂騒曲を入念に描き出し、自由と民主主義の自壊現象を綿密な取材で浮き彫りにしている。
 数多くの庶民層へのインタビューには、出身地や年齢、写真が添えられ、ひとつひとつのコメントにファクトチェックが加えられている。権力者の言動(それが根拠のない嘘八百であろうとも)が、いかに人びとの情動に火をつけ、利己心を正義として大声で語りだすのか。信仰のような陰謀論がいかに浸透し、過激な排他性に快楽を求めていくのか。理念追求の重さに耐えかねて、ついに野放図に暴れまくる人間の叫び声が聞こえてくる。
 横田さんの方法は、本書を平板な大統領選レポートに終わらせず、人間をきちんと描くことによって、現代アメリカ民衆史の先鋭的調査の領域にまで達している。

 北川成史さんの『ミャンマー政変』は、ご自身の新聞記者としての専門エリアで起きたクーデターを主題としているが、ミャンマー現代史の入門書としては優れていると思うが、人間を描くことによって世界を描くというノンフィクション作品としては認めづらかった。ロヒンギャ問題をふくむラカイン州での重大な出来事が政変の大きな要因となっているだけに、そのあたりを掘り下げた分厚い作品を書いていただきたいと思う。

 デコート豊崎アリサさんの『トゥアレグ 自由への帰路』は、ご本人を主人公とする私小説のような著作だが、小松由佳さんの前回受賞作『人間の土地へ』のような、みずからの体験と世界との共振性を感じさせる内容にはなっていない。前半部と後半部の書き方ががらりと変わっている点にも違和感をおぼえた。旅人のように過ぎ去っていくような筆致では、世界はふり向いてくれないだろう。

<選評> 吉田敏浩

『「トランプ信者」潜入一年』横田増生
 2020年のアメリカ大統領選挙をめぐる大混乱を、共和党トランプ陣営の選挙ボランティア潜入取材、トランプ支援者集会参加、トランプ支持者の「連邦議会襲撃」目撃などさまざまな現場から浮き彫りにし、トランプとその熱狂的信者たちがつくりだすフェイクと陰謀論の迷宮を、事実確認を重ねながらきめ細かく探査した力作である。
 多くのトランプ支持者・熱狂的信者などへの丹念なインタビューの集積から、トランプ現象がもたらし続けるアメリカ社会の亀裂と民主主義の混迷の深さが手にとるように伝わってくる。

『トゥアレグ・自由への帰路』デコート豊崎アリサ
 サハラ砂漠の最深部に生きる遊牧民トゥアレグ。かれらはラクダを連ねて砂漠を越え、岩塩を運ぶ。その数千キロにも及ぶ交易の塩キャラバンに、著者はみずからもラクダに乗って同行した。悠久の昔から続く「遊牧民の自給自足の暮らし自体が自由」だと体感する表現の熱が織り込まれた希有な書だ。トゥアレグの人びとを脅かすウラン鉱山の放射能汚染の深刻さも、臨場感をもって描かれている。
 ただ、叙述において枝葉の部分が未整理のまま残り、全体的に散漫な印象も否めない。より求心的な構成を考えてほしかった。サハラをめぐる次の作品に注目したい。

『ミャンマー政変』北川成史
 2021年2月のミャンマー政府軍によるクーデターと民主派・市民弾圧、政治特権と経済利権を握り続ける軍の体質、言論統制の実態、自治権を求める少数民族武装勢力との内戦の歴史、ASEAN諸国や中国や日本など関係各国の思惑など、多角的な視点から、複雑な歴史的背景を持つ多民族国家ミャンマーの問題を明晰に説き明かす良書である。バンコク特派員時代に重ねた現地取材がよく活かされ、説得力を生み出している。
 一方で、入門書としての新書という条件もあるのか、総花的な解説にとどまって掘り下げ不足との指摘もあり、受賞にはいたらなかった。クーデター後も動乱が続くミャンマー情勢のさらなる報道に期待する。