一般財団法人 山本美香記念財団(Mika Yamamoto Memorial Foundation)

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2025年5月15日
第12回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」 決定

一般財団法人山本美香記念財団は、2025年5月5日に行われた第12回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」の選考会の結果、下記の受賞者に贈呈することといたしました。

<本年度の受賞者および対象作品>

ジャーナリストの村山祐介氏(53)による著書
「移民・難民たちの新世界地図―ウクライナ発「地殻変動」一〇〇〇日の記録―」
(新潮社)
村山祐介氏 受賞の言葉

村山祐介(むらやま・ゆうすけ)氏プロフィール : ジャーナリスト。1971年東京都生まれ。立教大学法学部卒。1995年に三菱商事、2001年に朝日新聞社に入社。ワシントン特派員としてアメリカ外交、ドバイ支局長として中東情勢を取材し、国内では政権や経済を主に担当した。2020年に退社してフリーに。2021年からオランダ・ハーグを拠点に国境を越える動きを追う「クロスボーダー」をテーマに取材し、マスメディアや自身のYouTubeチャンネル「クロスボーダーリポート」などで発信している。アメリカ大陸を舞台にした移民・難民を追った取材で2018年にATP賞テレビグランプリ・ドキュメンタリー部門奨励賞、2019年度にボーン・上田記念国際記者賞、2021年にノンフィクション書籍『エクソダス アメリカ国境の狂気と祈り』(新潮社)で講談社本田靖春ノンフィクション賞を受賞した。

本年度受賞者および対象作品

第12回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」
〇ジャーナリストの村山祐介氏(53)による著書、
「移民・難民たちの新世界地図―ウクライナ発「地殻変動」一〇〇〇日の記録―」(新潮社)

最終候補作品

〇津村一史氏 「バチカン機密文書と日米開戦」
(dZERO)
〇坂本信博氏 「三国志を歩く 中国を知る」
(西日本新聞社)
〇城内康伸氏 「奪還―日本人難民6万人を救った男―」
(新潮社)

選考委員
岡村隆(編集者、探検家)、河合香織(ノンフィクション作家)、髙山文彦(作家)、吉田敏浩(ジャーナリスト)

選考委員選評

 西ヨーロッパを目指して移民や難民が大挙して押し寄せてくるその「入口」や、難民発生の現場、移動ルートに身を投じ、アジア、アフリカからの多様な移民・難民たちや彼らを助ける人々の声を丁寧に拾い、状況を活描した見事なジャーナリズム作品である。選考委員全員一致の「文句なし」の授賞決定だった。
 容易には解決の糸口も見つからない混迷を前に、著者が「世界の宿痾」と呼ぶ諸問題を、問題として単に抽象的・概念的に捉えるのではなく、当事者たち(生者も死者も)一人ひとりの面差し、声音を一度は想像してみるところから、か細くはあれ思考の糸を手繰れるのではないかと、読者に触発の糸口を事実の積み重ねによって示す本書こそ、賞を受けるに最もふさわしい。

授賞式 日時:2024年5月26日(月) 18時より
場所:日本記者クラブ
※入場は報道および関係者のみ。取材希望のメディアは当日、会場にて受付けを行ないます。


<選評>飛び抜けた「ジャーナリズム作品」 岡村 隆

 最初から選考委員全員一致の「文句なし」の授賞決定だった。
 村山祐介氏の『移民・難民たちの新世界地図』は、西ヨーロッパを目指して移民や難民が大挙して押し寄せてくるその「入口」や、難民発生の現場、移動ルートに身を投じ、アジア、アフリカからの多様な移民・難民たちや彼らを助ける人々の声を丁寧に拾い、状況を活描した見事なジャーナリズム作品であり、候補作の中ではスケールも内容も飛び抜けていた。
 私がとくに感銘を受けたのは、現場ルポの詳細さもさることながら、移民・難民の地理的ルートと、そこで彼らが蒙る多種の困難さや「思い」を明らかにしつつ、源流へ、つまり移民・難民が生まれる国々の背景へと常に意識を向け、長距離の移動や取材に要する時間をものともせずに取材を続ける著者の、壮絶とも言える姿勢だった。そんなすさまじい取材の中から、たとえば、難民が故郷を思う原点に「家の匂い」があるという奥深い言葉が引き出されてくる。ジャーナリズムの極致が文学に近づくという実例さえも、この作品には含まれていると思われた。
 積み重ねた現場取材から、移民や難民の歴史的・空間的な流れを通して世界の見取り図が描かれ、その将来をも考えさせる、まさに力作・大作であり、著者がこの一冊によって、優れたジャーナリストとはどんなものなのか、そのひとつの典型を見せてくれたことに感謝したいほどだった。

 一方で、受賞を逃した3作品は、いずれも個別には秀作でありながら、山本美香賞が対象とする範囲からテーマや内容がやや外れていた点が惜しまれる。
 まず、城内康伸氏の『奪還』は、終戦直後に朝鮮半島北部で足止めされて悲惨な状況にあった6万人の日本人を帰国 (引き揚げ)させるのに、ひそかな「集団脱出工作」が存在したという事実を明らかにし、その中心人物に焦点を当てた貴重な歴史発掘ノンフィクションだが、世界や日本の「現在」と切り結んでいるわけではなく、その関連性への言及もない点が弱さとなった。
 次に、津村一史氏の『バチカン機密文書と日米開戦』も、歴史発掘を目的とする調査報道の記録であり、世界史におけるバチカンの存在意義などはよくわかって興味深いが、日本の対米開戦前後の「開戦主導派」や「開戦阻止派」の動きと、その後の運命など、歴史総体への言及がないため、作品の「現在的意義」を薄めている印象があった。
 また、坂本信博氏の『三国志を歩く 中国を知る』は、とくに最終章のウイグルに関する調査と現地ルポに重厚さがあり、内蒙古やユダヤ系、中朝露国境の取材記録も具体性と臨場感があって貴重な報告となってはいるが、全体的には『三国志』をテーマにした解説と旅の記録、ガイドブックとなっており、最後のルポ部分を独立させて分冊化しなかったことが惜しまれた。

<選評>不条理と不正義が押し寄せる世界を照らす言葉 河合香織

 選考会は毎年、歌舞伎町の貸会議室で行われる。ゴールデンウィークの初夏を思わせる晴天の街は、のんびりした雰囲気を漂わせていた。けれども、受賞作である村山祐介氏の『移民・難民たちの新世界地図』を読んで、そんな見慣れた風景さえ別のもののように感じた。私の見ている世界は驚くほど狭く、表層的だ。例えば難民に関しても、「難民問題」とかっこつきの社会問題として考えてしまいがちな自分の目を覚させてくれるような書だった。
 著者は移民、難民、避難民をテーマにした取材を続けてきた。前作『エクソダス』も素晴らしい力作だったが、本書ではさらに深くこのテーマを掘り下げている。ベラルーシの森からポーランドへ押し寄せる人たちに話を聞き、ウクライナの戦場に通い、粗末なボートで地中海を渡る人たちの救助船に同乗する。3万キロを移動するフットワークに、1000日に及ぶ取材、600人を超えるインタビュー、そして卓越した文章。どこを切り取っても賞賛に値するが、何よりも素晴らしいのは著者の姿勢である。通底するのは、このテーマをどこか遠い世界の他人事のように、あるいは国際問題として切り離して描いていないことだ。日本人として簡単にオランダに移民できた著者自身と、国境を超えることに命をかけなければいけない人との違いは何なのか。住民の虐殺にあった街で老婆が叫ぶ「ザシュトー(何のために))という叫び。赦しを説く神父の苦悩。命の危険を犯してまで家に戻る人が語る「家の匂い」。著者だからこそ辿り着けた証言、聞かれることを待っていた言葉の重みは圧巻で、大きく胸を揺さぶられた。

 他の候補作のいずれも国際ジャーナリズムの射程を押し広げる意欲作であった。津村一史氏の『バチカン機密文書と日米開戦』はコロナ禍のローマで、バチカン機密文書から掘り出した新事実を描く。著者の取材に対する粘り強さは秀でており、きっと今後もこの人にしか書けない取材を続けていくだろうと感じた。

 城内康伸氏の『奪還』は、埋もれていた歴史を掘り起こした力作である。第二次世界大戦後、朝鮮半島北部で難民となっていた日本人を救出した松村義士を立体的に描き出すことに成功している。題材が素晴らしく、完成度が高いだけに、時折、証言が著者の取材によるものなのか、何らかの資料によるものなのか、その取材過程が見えないところがあったのは惜しかった。

 坂本信博氏の『三国志を歩く、中国を知る』は中国114都市に出向き、歴史と現代を行き来しながら、中国社会と人々を記録したルポルタージュである。コロナ禍での中国取材は非常に難しかっただろう。当局による監視や拘束をかいくぐっての取材だったというが、その気骨ある取材と巧みな執筆で中国とは何かに迫っている。

 こうした多様なアプローチの中で、不条理と不正義が押し寄せる世界で人は何ができるのかを問うた村山氏の『移民・難民たちの新世界地図』は圧倒的な光を放っており、選考委員全員一致で本賞にもっともふさわしいと判断した。

<選評>ジャーナリストの美の精髄 髙山文彦

 設立当初から本賞にかかわっているものとして、今回ほど文句なしに選考委員全員が最高点をつけ、称賛の声を集めた作品はなかったのではないかと思う。私としては、なぜタイトルをこんなふうに四角四面なものにしなければならなかったのかいまだに理解できないところはあるが、それは村山祐介さんの取材力と筆力が限定的なひもじいそうした世界観を軽々と飛び越えて、より深く遠く人間存在というものの深淵をたったいま最悪の運命にわが身をさらしている当事者たちの声とともにリアルに描き出しているからだ。
 理不尽な殺され方をした人びととその遺族、命からがら故郷を脱出してきた難民をまえに不謹慎を承知で言うけれども、これはもう立派な文学であり、コーラスであり、村山さん自身のアリアとなっている。このようなジャーナリストの作品を私たちは待ちわびていたのだ。
 たとえば第六章「家の匂い」に登場するウクライナの神父の言葉(「あなたはロシア人を赦せますか?」という質問への答え)「キリストは私たちに赦し、愛する必要性を説いています。しかしこの問題は、ロシア人が赦しを必要としているかということなのです」というところまで読み進んできたとき、これはとっくにたんなる現地報告を越えて、取材者であり叙述者である村山さんの意図は、ある普遍的な世界観の提示とその展開にあることに気づいて、むしろプーチンやオリガルヒといった連中の姿はほとんどあらわれないのに、幻影のように遠景に浮かんできては消え、狡賢そうにさっと隠れたりして、描かれることのないそうした破壊者たちの卑屈さや卑小さが際立って感じられてくる。
 この神父の言葉を瓦礫の街で聞いたとき、村山さんはきっと立ちすくんだのではないかと思い、そんな村山さんの姿を想像して、「君の足もとの幸福を大事にしなさい」と20年まえチェルノブイリの森の家でひとりの老爺に言われとき返す言葉を見失った自分の心理を思い出して、暴力や脅迫や破壊による突然の境遇の暗転を(それは自分で選びとったものではなく一方的に押しつけられたものだ)ある時点から積極的に自己の宿命として受け容れて生きる人びとの時空間は、たとえそこがこの世の地獄であろうとも荘厳な光を放ちはじめ、ひとりひとりの言葉が生きた宝石のように思われた。
 私は選考にあたって、「正しさ」の主張には目を奪われず、それが「美しい」ものであるかどうかに注意を払うようにしてきた。人ひとりの生と死の形相を兄弟のように親身に受けとめ、遺言執行人のように正確に伝えようとする村山さんの誠実な態度こそ、優れたジャーナリストに授与された美の精髄であろう。共感と共苦を胸にほんとうによく取材され、すばらしい作品に仕上げられたことに敬意を表します。

 圧倒的な支持を集めた村山作品にたいして、ほかの3作はどうしても不利である。ただ1作、城内康伸さんの『奪還』は、もう二度とだれも書けないような内容であるし、知られざる貴重な歴史記録として個人的には本賞に準ずるような賞をさしあげてもよいのではないかと思ったが、大幅な原稿の削除とそのための再構成などで本来城内さんが書きたかった内容には迫りきれていないのではないかという観測もできるし、すでに同作はよく売れていて版も重ねているので、特別賞のようなものをさしあげるのはむしろ失礼にあたるだろうと、つよく主張しなかった。できることなら増補改訂版を出していただきたいと願う。

 津村一史さんの『バチカン機密文書と日米開戦』は、この本が終わったところから書きはじめてほしかった。松岡洋右の日米開戦回避への動きがバチカンとのあいだであったのはすでに知られた話だし、歴史もそのように書き改められている。機密文書を発見するまでの話なら探訪記者の取材報告としての狭い価値内にとどまり、私たちが読ませてもらいたかったのは、発見後に津村さんがどのように歴史をたどりなおしていったかという物語である。

 坂本信博さんの『三国志を歩く 中国を知る』は、なかなか面白い読み物になっているのだが、本賞としては第三章「三国志の周縁地を歩く」をもっと中身を書き込んだうえで独立した1冊として著してほしかった。第1章と第2章は軽快なエッセイとして面白いのだけれども、本賞の範囲から離れすぎていた。

<選評> 吉田敏浩

『移民・難民たちの新世界地図』村山祐介 新潮社
 ジャーナリストの著者は破壊・虐殺の戦禍に住民たちが苦しむウクライナの街や村で、西アジアからの移民・難民がさまようベラルーシとポーランドの国境地帯の森で、アフリカからヨーロッパへ命がけで向かう移民・難民が小舟にひしめき漂う地中海で、戦争・圧政・暴力・差別・貧困といった、不条理に満ちた現代の「世界の宿痾」がむきだしになった現場に繰り返し足を運んだ。ぎりぎりの状況下、必死に生き延びようとする人びとの、一人ひとりの痛切な生身の姿を目撃した。それぞれの胸の底からこみあげる言葉・肉声にひたすら耳を傾けた。さらに、ロシア軍に虐殺された住民、ヨーロッパを目指す途上の海や陸で命を失った移民・難民、すなわち死者たち一人ひとりの人生の重みについても沈思を重ねた。
 そして、いやおうなく「世界の宿痾」を背負わされた人びとの生死の軌跡を無数に刻む、この同時代の混迷の縮図が浮き彫りになった。容易には解決の糸口も見つからない混迷を前に、やはり考えあぐねるしかないのだが、著者が「世界の宿痾」と呼ぶ諸問題を、問題として単に抽象的・概念的に捉えるのではなく、当事者たち(生者も死者も)一人ひとりの面差し、声音を一度は想像してみるところから、か細くはあれ思考の糸を手繰れるのではないかと、読者に触発の糸口を事実の積み重ねによって示す本書こそ、賞を受けるに最もふさわしい。

『三国志を歩く中国を知る』坂本信博 西日本新聞社
 中国でも日本でも広く知られ、熱烈なファンが多い三国志(史書『三国志』、古典歴史小説『三国志演義』)。「人生に必要な知恵は、すべて三国志で学んだ」と言うほどの三国志マニアの著者は、西日本新聞社の北京特派員時代の3年間、中国各地の三国志ゆかりの地をくまなく訪ねた。綿密な取材、記録を通じて、中国の歴史の厚み、共産党体制のもとで政治に翻弄されながらも、したたかに生き抜く庶民の実像、生活の知恵などが手にとるように伝わってくる。また「三国志の周縁地を歩く」という後半の章の、新疆ウイグル自治区や内モンゴル自治区など中国辺境地帯のルポは、少数民族に対する共産党体制の抑圧、人権侵害の事実を明らかにする密度の濃い現場報告で読みごたえがある。
 ただ、三国志にひたる前半と中国辺境に焦点を当てた後半のつながりが薄く、全体の統一感を欠いており、やはり別々の本としてまとめたほうがよかったと思える。

『バチカン機密文書と日米開戦』津村一史 dZERO
 共同通信ローマ特派員の著者が、折しも公開された膨大なバチカンの極秘文書の森に分け入り、太平洋戦争の日米開戦の裏側にあった知られざる和平工作の史実を示す文書を探し当てる過程、そして浮かび上がる歴史の陰影が丹念に描かれている。歴史秘話発掘の貴重な記録である。
 一方で、太平洋戦争当時を中心にバチカンすなわちローマ教皇庁の国際政治における位置づけ、ローマ教皇の権威と国際政治の関係性など、バチカン機密文書の歴史的価値を理解するうえでも必要な、バチカンそのものについての詳しい解説が欲しかった。

『奪還』城内康伸 新潮社
 アジア・太平洋戦争が日本の敗戦で終わり、日本の植民地支配も終わった朝鮮半島は、北緯38度線を境に以北はソ連軍の、以南はアメリカ軍の分割占領下に置かれた。在留日本人の引き揚げが順調に進んだ南朝鮮地域に対し、ソ連軍が38度線を事実上封鎖した北朝鮮地域には、中国東北部の満州からの避難民も含めおよそ32万人の日本人が取り残され、飢餓や疫病などに苦しめられた。その窮状を救おうと、当時34歳の日本人、松村義士男が一民間人ながら戦前の左翼労働運動で得た朝鮮人活動家との人脈を活かし、朝鮮半島北東部の在留日本人約6万人の引き揚げ、集団脱出工作の中心的役割を担い、成功させた。当時「引き揚げの神様」とまで呼ばれた男の、いまや忘れ去られた献身的な足跡を、関係者が残した資料、引き揚げ体験者の証言などをもとによみがえらせた歴史ノンフィクションの力作である。
 ただ惜しいのは、多くの日本人が取り残された根本的な要因である日本の植民地支配、特に朝鮮半島北東部での国策に基づく日本企業による重工業地帯化の歴史を掘り下げる視点が、もっと活かされていたら、より重厚な作品に仕上がっていたと思える点である。