2026年5月19日
第13回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」 決定
一般財団法人山本美香記念財団は、2026年5月2日に行われた第13回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」の選考会の結果、下記の受賞者に贈呈することといたしました。
<本年度の受賞者および対象作品>
ジャーナリストの佐藤充則氏、平野 愛氏(Asian Complex)による映像作品
『紅線 Red Line』
| 本年度受賞者および対象作品 |
第13回「山本美香記念国際ジャーナリスト賞」 〇神山かおり氏 『奄美「緑」の脱植民地闘争』(南方新社) 稲泉 連(作家)、笠井千晶(ドキュメンタリー監督・ジャーナリスト)、河合香織(ノンフィクション作家)、髙山文彦(作家)、吉田敏浩(ジャーナリスト) |
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| 授賞式 | 日時:2026年5月26日(火) 18時より 場所:日本記者クラブ ※入場は報道および関係者のみ。取材希望のメディアは当日、会場にて受付けを行ないます。 |
<選評> 稲泉 連
『紅線 Red Line』
大規模な民主化運動を経て国家安全維持法が2020年6月に施行された香港で、言論の自由が抑圧されていく様子を記録したドキュメンタリーである。今回、候補作は4作中3作が映像作品となっており、映像表現の持つ固有の力とは何か、という問いが選考全体を貫く一つのテーマとなった。そんななか、全員の高い評価を得ての受賞となったのが本作だった。
『アップルデイリー』などのメディアが次々と閉鎖に追い込まれた3年間、監督の二人は国安法後の香港でもがく記者たちに寄り添い続けた。街頭から抵抗の風景が消えた街――そこに流れる静けさのなかで進められる言論弾圧の実際を、映像としてどのように掴み表現するか。それは記者たちの沈黙や内面をいかに撮るかという難しい試みでもあったに違いない。
失われていくものは、いま記録されなければ消えてしまう。「それは、ここにあった」という事実を、本作は抑制の効いた眼差しで可視化していく。何を伝え、何を伝えられないか、という自らの裡に引かれた「Red Line」に向き合い、葛藤を噛みしめるようにして言葉を選ぶ記者たちの姿が胸に迫った。
『摩文仁』
沖縄・摩文仁の丘に建ち並ぶ慰霊碑をめぐり、様々な立場から死者を悼む人々の姿を記録したドキュメンタリーである。顕彰か、それとも慰霊か――戦後80年を経てなお埋まらない、沖縄戦の犠牲者に向けられる眼差しの〈断層〉を本作は描き出す。
長年にわたって沖縄を見つめ続けてきた監督の真摯な思いが、全編から伝わってくる。音楽やナレーションによって受け手の感情を丁寧に支えようとしているため、語り手の表情や沈黙の持つ生の力が少し遠のいてしまっていると感じる瞬間もあったが、異なるいくつもの立場をしかと見つめながら、死者をめぐる問いを開いていく姿勢に信頼感を抱いた。
『奄美「緑」の脱植民地闘争』
奄美大島南部の嘉徳海岸をめぐる護岸工事問題を記録した一冊。コンクリート護岸に代わる自然共生型の海岸保護という選択肢を国際的な視点から提示すると同時に、公共事業が進められていく構造を一つの集落を通して描いた意義はあると思う。
ただ、読み進めるうちに、著者の視線の偏りが気になった。情報と証言が反対運動の側に傾き、発端となった台風被害のもたらした集落の人々の心情の掘り下げが弱く感じたからだ。土地の人々が守り続けてきた固有の文化や暮らし、彼らが守ってきた自然以外のものに対してもっと開かれた視線を向けていれば、また違った風景も見えてきたのではないだろうか。
『Armed Only With A Camera: The Life and Death of Brent Renaud』
2022年3月、ウクライナでの取材中にロシア軍に射殺されたジャーナリスト、Brent Renaud氏。本作はその弟であるCraig氏が、兄の遺体を故郷に連れ帰るまでを描く。Brent氏が撮り続けてきた世界各地の紛争地や被災地の映像が、帰途の様子の合間に並べられていく40分弱のドキュメンタリーで、兄の死を悼む作者の気持ちは確かに伝わってきた。
だが、作品としては世界中で撮影された人々の困難や悲しむ姿が、戦場ジャーナリストの勇気や英雄性を照らすための文脈に組み込まれ過ぎてしまっているのではないか、と感じた。その構成に戸惑うものがあり、作品を貫く本質的なテーマが見えなかった。
<選評> 笠井千晶
【紅線 Red Line】br> 中国政府による「国家安全維持法」の導入によって閉鎖・廃刊に追い込まれた香港の新聞社。その記者たちが、警察の凄まじい取り締まりの中でも弾圧に屈することなく、逮捕や有罪判決のリスクを背負いながら報じることを諦めない姿に、強く心を揺さぶられた。当たり前だった「自由」が目の前でじわじわと奪われていく様子には、息苦しさと共に暗澹たる思いを抱かずにはいられない。さらに、摘発を恐れるあまり自ら規制するライン(=紅線)を引いてしまうことも描かれる。〝何を〟〝どこまで〟報じるべきか—、まさに「報道・言論の自由」の本質を問う優れた作品だと思う。
映像作品としても、葛藤する記者たちの表情や言葉を丁寧に描き出している点が秀逸だった。公には決して口に出来ない記者たちの内面にまで迫っていて、撮影が深い信頼関係のもとで行われたことが伝わってくる。何より本作の平野・佐藤両監督自身が、様々な危険や圧力を顧みず繰り返し香港に通い、取材を重ねられたことに敬意を表したい。
【奄美「緑」の脱植民地闘争】
奄美が辿った搾取の歴史や、「貧困」「未開」という差別的な視線を向けられた時代を背景に、現在も経済的な脆弱さやいびつな産業構造が続いていることを考察されていて、非常に貴重な一冊だと感じた。一方で全体として、奄美での取材源が護岸工事反対派の住民側に偏っている印象を受けた。鋭く賛否が分かれる工事の是非について、異なる立場に対する取材が十分とはいえず、検証の客観性や説得力に物足りなさが残った。対立の狭間で声をあげること自体をためらう“沈黙する島民たち”の存在にも、もう少し丁寧に光を当てる余地があったのではないかと思う。
【摩文仁】
慰霊碑が林立する摩文仁の丘に刻まれた命の犠牲は、80 年後の今も生々しく、沖縄が背負い続ける歴史の重みが胸に迫って来た。そこに交錯する様々な慰霊の姿からは、互いに埋まらない溝や価値観の隔たりが垣間見え、「鎮魂」と「崇拝」という二つの相容れない祈りの対比が浮かび上がってくる。集団自決を免れた主人公の大屋初子さんの姿からは、その地に生き続けること自体が、戦争に抗い平和を祈る静かな〝抵抗〟のように感じられた。沖縄の市井の人々の視点に立つ制作者の、強い反戦のメッセージを感じる作品だった。
【Armed Only With A Camera: The Life and Death of Brent Renaud】
ウクライナでロシア兵に襲撃され、命を落としたジャーナリストBrent Renaud。その衝撃的な死の現場が描かれる。なぜ、敢えて目を背けたくなるような現実まで映し出そうとしたのか。映画の中で明かされるのは、「戦争というものの惨たらしさ、悲惨さを包み隠さず知らしめること」がBrent氏の信念だったということだ。取材パートナーである弟のCraig氏が手がけたこの映画は、兄の遺志を継ぎ、その“最後の仕事”として完成させた作品のように思えた。命をかけて戦場に向かうジャーナリストの存在を、改めて社会に問いかける価値ある作品だと思う。
忘れないために、伝え続ける 河合香織
山本美香さんが取材した時代から情報環境は一変した。誰もがSNSで発信し、戦地の映像もリアルタイムで拡散される今、ジャーナリストに問われるのは「速さ」でも「量」でもない。権力の圧力に抗い、忘却に抗い、それでも伝え続ける意志——その本質を問う作品が、今回の最終候補に揃った。
受賞作「紅線 Red Line」は、国家安全維持法下の香港で言論の自由が剥奪されていく過程を、廃刊に追い込まれた新聞社のジャーナリストたちを通じて描いたドキュメンタリーである。次々と逮捕・亡命を余儀なくされながらも、いつ「越えてはいけない一線」を越えてしまうかという緊張の中で取材を続ける姿の記録は、報道倫理と身の安全の間で記者が何を選択するかという問いをリアルに突きつける。「僕が記者を目指すのは、誰かが世界から忘れられていいはずがないから」という若い学生の言葉は、本賞の精神と深く共鳴する。
さらに本作が評価されるべきは、この問題を「他国の出来事」として傍観させない構造を持つ点だ。国境なき記者団の2026年報道自由度ランキングで日本は62位に位置し、特定秘密保護法による萎縮効果と自己検閲の拡大が指摘されている。香港の状況は、程度の差はあっても、普遍的な問いを内包している。制作者たちが直面したであろう取材上の困難を想像すれば、作品の完成度はなおさら際立つ。
「Armed Only With A Camera: The Life and Death of Brent Renaud」は、2022年にウクライナで銃撃されて命を落としたアメリカ人ジャーナリストを弟が追ったドキュメンタリーで、毎年100人以上のジャーナリストが殺されているという事実と向き合う誠実さは本賞の主旨に合致する。ただ、38分という尺の制約から全体が断片的にとどまり、ブレント・リノーの仕事と死が持つ意味を十分に掘り下げるには至らなかった。
「摩文仁─mabuni」は、沖縄の慰霊碑が集まる摩文仁を舞台に、花売りの女性、自衛隊、米軍、沖縄戦司令官の孫など多角的な視点から「慰霊」の複雑な相を描き出した完成度の高い作品である。ただ、随所に登場する監督自身の「僕」の立ち位置がいま一歩明確でなく、このドキュメンタリーならではの主体的な問いが浮上しきれなかった。
「奄美『緑』の脱植民地闘争」は最終候補で唯一の書籍で、嘉徳地区の護岸工事を端緒に歴史の縦軸と世界への横軸を編み込んだ丹念なルポルタージュである。ただし、工事賛成派の声がほぼ不在であり、その沈黙の意味を公平に掘り下げることが課題として残る。
生きのびるジャーナリスト 髙山文彦
正気を失った世界では、カメラのまえで真実を打ち明けてくれる人に出会えるのはまれで、そうした人がいたとしても彼らと直接対面するには危険な旅をともなう場合が多いだろう。そのためか久しく『紅線Red Line』のような優れたドキュメンタリー映画にめぐり会う機会が極端に少なくなっていた。とくに日本人の手になるものは。
平野愛さん、そして映画完成後に急死されたという佐藤允則さんの息を呑むような歳月が、この映画にはにじみ出ている。わがことのように密着した香港ジャーナリストたちへの惜しみない敬意と誠実。また急転直下の運命を自己のものと引き受けて、亡命、逮捕・収監、沈静へと向かっていく彼らの生存をかけた道行きの姿に、ひれ伏したいような気持ちになった。
国家安全維持法の施行後、露骨に奨励される密告、SNS上での〝さらし〟、これ見よがしにおこなわれる尾行、強制的に解散させられるメディア。それでもジャーナリストとして生きようとする人びとに最後まで同道する両監督の姿勢から感得されるのは、鋭いエッジの上の冷厳な空気である。ナレーションを排した映像の迫真力は、事実をもって真実を語らしめるドキュメンタリー映画の要諦を実直に踏襲しており、そうした姿勢を細部にまで行き渡らせることによって、果てしなく市民ぐるみで頽廃する国家世界に良心の光線を放っている。
対照的に新田義貴監督『摩文仁』はナレーションや音楽を多用し、登場人物の多さはともかくとして、折ごとに差し込まれるナレーション(説明)によってむしろひとりひとりの印象が薄れ、意識を分散させられた。これこそが多種多様な慰霊碑が林立する摩文仁の丘の特性ではあるのだろうが、やはり総花的に見えてしまった。たとえば牛島司令官のお孫さんと花売りのおばあさんに接点をもたせ、世代を超えたふたりの交差地点から沖縄戦と慰霊の断層を自分なら描こうとするだろうと思った。
クレイグ・レナウドさんの『ARMED ONLY WITH A CAMERA』は、ウクライナの戦場取材中に殺された兄の足跡をたどる映画であるが、「哀悼」の域を出ない内容であった。米国人ジャーナリストならば戦争というものへの歴史的な省察があってもよさそうなのに、そうした思弁は皆無で、「英雄の死」のように描かれるラストには寒気をおぼえた。「戦場におけるジャーナリストの死」は、個人レベルを越えてなんらかの普遍性をもつはずではないかと思うが、個人的メモリアルに終始しているのが残念だった。
神山かおりさんの『奄美「緑」の脱植民地闘争』は、反対運動側の苦闘を語りたいのは心情的によくわかるけれども、推進派および沈黙派の人たちの生活にも分け入り、丁寧に聞き取りをする余裕があったならば、もっと多層的な自然と人のありかたについて生命観豊かな言葉で全体像を描くことができたのではないか。もとより住民対立の固定化に寄与するのがジャーナリストの仕事ではない。島の自然や文化や経済に親和性を求め、いかに持続可能なモデルを生み出すかという地域議論の手助けになるのもジャーナリストの隠れた役割のひとつではないかと、自省をこめて思った。才気ある人なので、今後を期待したい。
<選評> 吉田敏浩
『紅線 Red Line』
2020年、中国政府は香港を厳重な統制下に置くために、香港国家安全維持法を制定した。これによって香港における言論の自由は抑圧され、香港民主化運動も弾圧を受けて封じ込められた。民主派支持の論調を打ち出していた「蘋果日報」(アップルデイリー)」や「立場新聞」(スタンドニュース)といった新聞が、廃刊に追い込まれ、創業者や幹部が逮捕された。多くの記者たちが廃刊で職場を失った。
本作品(ドキュメンタリー映画)は、このような新聞廃刊、言論弾圧の試練にさらされてもなお、インターネット・メディアなどに活路を見出し、ジャーナリスト活動を続ける不屈の記者たちに焦点を当て、3年間にわたり取材を重ねて記録したものである。言論の自由を守ろうと試行錯誤するその等身大の姿が描かれている。
何をどのように、どこまで書いたら、撮影したら、発言したら香港国家安全維持法に抵触し、弾圧されるのか。越えてはならない一線、すなわちレッドライン(紅線)はどこに引かれているのか。レッドラインはあるにせよ、ジャーナリストとして伝えるべきことは伝えなければならないのではないか。記者たちの葛藤、逡巡、自らへの鼓舞、そして静かなる決意……。揺れ動く内面が一人ひとりの肉声と面持ちを通して伝わってくる。
「今の時代、みんな恐れている。でも、やりたいこと、理想をあきらめたくない」、「自らを委縮させるレッドラインを(自分のなかに)引きすぎないように、気をつけている」、「情勢は悪くなるだろう。心の準備をしておくべきだ。それでも記者を続けているのは、言論の自由がある社会であってほしいからで、私は多様な意見のひとつになりたい」。このような記者たちが吐露する言葉の一つひとつが、もしも自分が同じ立場におかれたら……という自問自答をうながす。
このレッドライン上を綱渡りするかのような香港の記者たちにフォーカスした記録映画から、世界中のジャーナリストにとって決して無縁ではない普遍的な問いが浮かび上がってくる。まさに山本美香記念国際ジャーナリスト賞の意義を体現する作品といえる。
『摩文仁 mabuni』
沖縄本島南部、かつて沖縄戦の激戦地だった摩文仁の丘には、沖縄県民、日本軍将兵、強制動員された韓国人軍属などの慰霊碑が林立している。沖縄戦では、日本軍が本土防衛のための持久戦を展開したため、県民は日本軍に協力させられ、軍民一体・混在の状況下、おびただしい死傷者が出て、多大な犠牲を強いられた。
本作品(ドキュメンタリー映画)は、沖縄戦犠牲者の遺骨を地元住民が収集し建立した慰霊碑「魂魄の塔」のそばで、長年にわたり供花を売る老女(自身も沖縄戦体験者で、集団自決が起きた壕から危ういところで難を逃れた)の日々を軸に、沖縄戦を体験した県民や遺族、沖縄で戦った元日本兵や戦没者の遺族、韓国人軍属の遺族、自衛隊員など、様々な慰霊碑を訪れる立場の異なる人びとの姿と証言を丹念に記録し、さらに遺骨収集ボランティアの活動や沖縄戦研究者の視点なども取り入れている。
そして、戦争犠牲者への慰霊の本質とは何か、戦争の記憶をいかに継承してゆくのか、継承する意味は何か、民間人に犠牲を強いた沖縄戦にみられる戦争の構造から、何を歴史の教訓とするのかなど、重層的な問いを投げかける。
いま高市政権のもと大軍拡・有事体制づくり・米日軍事一体化が進み、再び日本が「戦争をする国」になりかねない状況下、本作品の問題提起は一層重みを増している。
ただ、全体的に総花的な構成で求心力が薄まった面と、バックグラウンド・ミュージックの用い方にも予定調和的な点がみられるなどの難点もあり、受賞には至らなかった。
『奄美「緑」の脱植民地闘争』
奄美大島の嘉徳集落の海岸には、コンクリート護岸はなく、原初の自然そのままの貴重な砂浜が残されてきた。しかし、2014年の台風で砂浜海岸が集落の墓に近いところまで侵食されたことから、住民の要望を受けて防災用のコンクリート護岸の建設が計画された。集落は多数の賛成派と少数の反対派に割れた。反対派は自然保護の立場から、砂丘には自然回復力があり、護岸の機能を十分はたせると訴えた。
本書は自然保護を訴える反対派の人びとを中心に取材し、かつての薩摩藩による黒糖搾取などの苛酷な支配以来、日本国家の「内国植民地」としての扱いを受けてきた歴史、戦後の巨額の公共事業投資による土建業依存の経済構造の浸透、自衛隊基地・弾薬庫の建設とミサイル部隊配備による島の軍事化などの問題にも精緻な分析を加え、自然との共生を基底に据えた奄美の地域の主体性・自治をいかに取り戻し、確立するのか、脱「内国植民地」の道筋をいかに見出すのか、という重要な課題を浮き彫りにする意欲的な作品である。
しかし、古くからある嘉徳集落の歴史と文化、先祖の代から暮らしてきた賛成派の住民への取材が欠けている面もあり、問題の全体像にいま一歩迫りきれていない点は否めなかった。
『Armed Only With A Camera: The Life and Death of Brent Renaud』 ドキュメンタリー映画である本作品は、2022年にウクライナの戦場を取材中、ロシア兵に銃撃されて亡くなったアメリカ人ジャーナリストでドキュメンタリー監督のBrent Renaud氏の足跡を、弟のCraig Renaud氏が兄と共に取材してきたイラク、アフガニスタン、ソマリアなどの紛争地の映像と、兄の遺体をウクライナからアメリカの故郷に連れ帰る映像で構成されている。
死を賭して戦場取材するジャーナリスト魂、戦禍に苦しむ現地の人びとの生身の存在感と肉声に表れる被害者の心の痛みは、確かに伝わってくる。だが、イラクやアフガニスタンなどアメリカによる軍事介入こそが、現地の人びとに戦禍をもたらしている問題を掘り下げる視点が足りないため、受賞の水準には達しなかった。